信仰

ジョン・オーウェン『霊的な心のあり方』読書記録|心を守るために読みたい一冊

ジョン・オーウェンの『霊的な心のあり方』を読む。苦しいときだけ神を求める心、日々の思い煩い、誘惑の中での葛藤。線を引いた箇所をたどりながら、心を守るための具体的な教えを振り返る。

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開いた聖書と眼鏡の写真が使われた、ジョン・オーウェンの本の表紙

書籍データ

『霊的な心のあり方(英語版・抄訳)』

著者
ジョン・オーウェン
出版社
バナー・オブ・トゥルース
刊行年
2009年

この記事の要点

  • — 心を守るには、一時的な熱心さだけでなく、普段の思いがどこへ向かうかを見つめる必要がある。
  • — 日常のことを考える最中に神への思いが浮かぶことも、霊的な心のしるしになる。
  • — 誘惑に揺さぶられる一時期と、心に根づいた習慣は区別して考えたい。
  • — 黙想の中心に置くべきなのは、私たちのために働き、苦しまれたキリストである。

霊的な戦いにおいて、自分の心を守ることはどれほど大切なのか。ジョン・オーウェンのこの本を読むと、その重みをあらためて感じる。

私にとっては、金にもたとえたいほど貴重な指針だ。心の動きをここまで細かく見つめ、それを信仰の問題として深く扱ってくれる。その具体性が、この本を強く勧めたい理由でもある。

木目の机に置かれた本の表紙。開いた聖書と眼鏡が写り、下部にジョン・オーウェンの名がある

読んだのは、R・J・K・ローが読みやすくまとめた英語の抄訳版だ。原題は『Spiritual-Mindedness』。ここでは、その主題を「霊的な心のあり方」と呼びたい。

ページに残った線や囲みを見返すと、この本が問いかけてくることは、ずいぶん身近だとわかる。自分の思いは、普段どこへ向かっているのか。何を恐れ、何を求め、何に安心しようとしているのか。そうした内面の営みを、オーウェンは一つずつ扱っていく。

冒頭に置かれているのは、ローマ人への手紙8章6節。肉に向かう思いと、御霊に向かう思いが対比されている。そして、キリスト者の内にも両者の争いがあることが語られる。

第1章の冒頭、1ページ。ローマ人への手紙8章6節が掲げられ、肉と霊に関する語句が鉛筆で囲まれている

この出発点からして、自分と無関係な教理として読み進めることができない。

神を信じている自分の中にも、別の方向へ引っ張る欲望がある。その争いの場が心なのだとすれば、何を思い続けているかは小さな問題ではない。私がこの本を「心を守るための教理」と呼びたくなるのは、信仰の真理が、そこまで踏み込んでくるからだ。

とりわけ考えさせられるのが、13ページにある、苦難によって生まれる宗教的な思いについての指摘だ。

危険や病気、死への恐れは、人を神に向かわせる。けれども、重圧がなくなると、関心が元の場所へ戻ってしまうことがある。苦しいときの切実さだけで、自分の心の状態を判断することはできない。

13ページ。苦難の中で神を思っても、圧力が和らぐと元の関心へ戻るという箇所に下線があり、余白に山形の書き込みがある

続く泉のたとえも、よく心に残る。泉から湧く水は流れ続けるが、雷雨によって一気に流れ出した水は、やがて乾いてしまう。

この違いを読むと、思いの強さだけでなく、その源を問われている気がする。切迫した事情があるときの自分だけでなく、何事もない日の自分にも目を向けたくなる。落ち着いたあと、心はどこへ帰っていくのだろう。

ただ、オーウェンの観察は厳しさだけでは終わらない。37ページには、思いが散ってしまうことに悩む人への、印象的な問いがある。

霊的なことを考えている最中に、世のことが入り込んでくる。それなら逆に、日常のことを考えている最中に、神への思いが浮かぶことはあるだろうか。そうした動きも、霊的な心のしるしになるという。

37ページ。食べ物、飲み物、衣服を表す語に丸があり、思い煩いと日常の中に浮かぶ霊的な思いについての文章に下線が引かれている

この問いには、自分を振り返るための細やかさがある。

集中できなかった場面ばかりを数えていると、心の状態を一面的に捉えてしまう。何に気を取られるのかに加えて、どこへ思いが戻ってくるのかも見つめてよい。その視点を与えてくれるところに、オーウェンの深さを感じる。

同じページでは、食べ物や衣服といった生活上の事柄も扱われている。それらを考えること自体が禁じられているわけではない。心配に内面を占められ、天の父の配慮を見失ってしまうことが問われている。毎日の暮らしから離れずに読めるのは、こうした具体的な指摘があるからだ。

もう一つ、大切に受け取りたいのが89ページの区別だ。ある時期に激しい誘惑を受けることと、普段から心や欲望が一定の方向に向いていること。この二つは、丁寧に見分けなければならない。

89ページ。誘惑の時期と、普段の心の習慣を区別する段落に下線が引かれ、右端を金属製のクリップが押さえている

罪を軽く扱わず、同時に、葛藤の一場面だけでその人のすべてを決めつけない。この慎重さがありがたい。

心を守ろうとすると、自分の弱さにも敏感になる。だからこそ、何が起きているのかを見分ける言葉が必要なのだと思う。オーウェンは、内面の問題を大まかな励ましで片づけず、その違いを捉えるところまで助けてくれる。

そして、心をどこへ向ければよいのかも、はっきり示されている。73ページで中心に置かれるのはキリストだ。天の栄光を思うとき、その中心におられる方に目を向ける。私たちのために何をなし、何を苦しまれたのかを考える。

第7章の冒頭、73ページ。天の事柄についての黙想を扱い、キリストを天の栄光の中心として思うよう促す文章に下線がある

ここを読むと、心を守るという営みの行き先が見えてくる。自分の内側を調べることには意味がある。そのうえで、目を向け、思いを注ぐべき方がおられる。

私がこの本に見いだした価値は、そうした道筋を具体的に示してくれることだ。心の習慣を見つめ、誘惑を見分け、キリストについて深く思う。教理が日々の内面に触れ、実際の歩みを導いてくれる。

霊的な戦いの中で進む方向を見失ったとき、この本は灯台のような役割を果たしてくれると思う。心をどう守ればよいのかを真剣に考えている人に、ぜひ読んでほしい一冊だ。

こんな人におすすめ

  • — 霊的な戦いの中で、自分の心をどう守ればよいか迷っている人
  • — 神を求めているつもりでも、日々の心配に思いを占められてしまう人
  • — 信仰の教理を、自分の内面や暮らしに結びつけて読みたい人
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本記事の内容は執筆時点の情報および筆者個人の読書体験に基づく感想・評価です。 書籍の価格・版・入手可否は変動します。引用は著作権法第32条に基づく範囲で行い、出典を明記しています。 詳しくは免責事項および著作権・引用についてをご確認ください。

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